「皮投嶽・五ノ宮嶽」秋山縦走登山 参加者募集のお知らせ

恒例となりました「皮投嶽・五ノ宮嶽秋山登山」が今年も開催されます。
現在、十和田八幡平観光物産協会にて参加者を募集しております。
お申込みはFAXまたはお電話にて。皆様のご参加をお待ちしております!

 

【開 催 日】 平成28年10月16日(日) 午前8時 出発

 

【ル ー ト】  登山口〜皮投嶽〜五ノ宮嶽(昼食)
       大日堂15:00 到着予定 

 

【定  員】 40名(定員になり次第締切ります)

 

【参加資格】 中学生以上(全行程:約12辧■兄間)       

 

【参 加 費】 1,500円(保険料が含まれます)

 

【申込先】  十和田八幡平観光物産協会
       TEL 0186-23-2019  FAX 0186-23-7715 
       ホームページ http://www.ink.or.jp/~kankou18/ 
       ※ホームページより申込書をダウンロードください。FAXでも
       送信しておりますので、ご希望の方はご一報ください。

 

【申込締切】 平成28年10月7日(金)まで

 

 

※昨年度の様子

 

 

 

◆───−--- - - INFOMATION- - - ---- – -−───◆

鹿角へお越しの際は、まず初めにこちらへお立ち寄りください!
きJR鹿角花駅前観光案内所き  ☎0186-22-0108
十和田八幡平の案内人が鹿角をディープにご案内いたします。

観光情報・道路情報等をご案内しております

十和田八幡平観光物産協会  0186-23-2019
http://www.ink.or.jp/~kankou18/

Facebookはコチラ  >>> https://www.facebook.com/kankou18/
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桜山公園

 花輪小学校の北側、館坂を隔てて「桜山公園」があります。現在桜山公園となって

いる区域は、かつて中世城館である花輪館の一郭で北館と呼ばれていました。

 公園内には、明治30年(1897)盛岡の桜山神社から分祀した桜山護国神社があり

南部氏の始祖である南部光行をまつっています。また、その名にふさわしく桜の名所

として親しまれています。神社の参道脇に戊辰役の招魂碑、日清・日露・太平洋戦争

に至る忠魂碑や公園東西に功労のあった花輪人の記念碑や頌徳碑なども建っています。

 

▽桜山神社

 桜山公園の中央に桜山神社が鎮座している。

 

 社殿は先年の大雪で建物が損壊したため、建て替えられた。

 

     

社殿入口に「桜山神社」の扁額が掲げられている。

          「従三位伯爵南部利恭」の文字と落款が・・

 

 桜山神社の右側奥に八幡神社の小さなお堂が建っている。

 

 神社創建時に植えられた桜は老木となり、切株はテーブル?となっている。

 手前には幼木が植えられている。

 

 

 

 


「上沼牧野跡地」を広葉樹の森へ!

 花輪越(781m)から右の山道は皮投岳の登山口、左の道は馬の背と呼ばれている

上沼牧野跡地で、800mを超える高原には上沼があり、かつて周辺には多くの赤牛

群れていました。

 平成14年に放牧が廃止されたことにより、それまで草地となっていた約44haの上沼

牧野跡地を、水資源の涵養や土砂崩落防止の一助になればとの願いから米代川源流自然

の会では森林管理署、県、市などの関係機関と協議を重ね、平成17年から跡地一帯にブナ

ミズナラなど広葉樹の植樹を進めています。(これまで約8haを植樹)

 今回(9月10日実施)関係機関、団体、個人約40人の参加のもと0.6haの草地に広葉樹

900本が植樹されました。

 

▽平成28年「上沼の森植樹祭」会場 9月10日開催

                右手の山は大根森 891m

 平成17年から植樹を始めて今回で10回目となる。

 

▽平成17年植樹場所

 平成17年に植樹した場所は条件が良いのか高い木で3mはあるだろうか

 それにしても、下草もかなり生えている。

 下草の中にエゾリンドウノコンギクが咲いていた。

 

平成23年植樹場所

 植樹から5年になる場所。表土や風の影響などであろうか、ここより植樹から

さらに年数が経っている場所で、成長の遅い所も見られた。

 

鉛筆21小学校6年生の時の遠足が馬の背であった。東山から花輪越までは細い山道で

馬の背の稜線は笹原の中をかき分けてひたすら歩いた記憶がある。その先にすっと

開けたところが見えてきた。今思えば、そこが上沼であった。

 上沼のほとりで昼食をとり、ようやく人心地がついた気がした。帰りは上沼の少

し先に進んだ所から大曲集落に下ったと思う。 今から55年以上も昔の話です。

 

 


米代川堤を歩く

 米代川は鹿角地方を流れる河川では一番大きい川で大川とも呼ばれていました。

 あんとらあ駐車場に車を置いて、河川敷に沿った遊歩道を上大川から花輪頭首工

までの往復約2キロを歩いて見ました。

 

◇川べりから稲村橋を望む

 川の中州では釣り人の姿が・・・

 

 土手にはヒルガオツユクサが一面に咲き誇っていた。

 

◇米代川土手の遊歩道 

 右手にはソバの花が一面に咲いていた。

 

◇上大川(かみおか)

水泳子供の頃は「かみおか」で水泳ぎをした。旧花輪高校分校下の岩場付近が

川が深く、岩場から飛び込むのが爽快であった。

 

 

◇花輪頭首工

 米代川取水口から「花輪浄水場」と「大堰」へ水が供給されている。

 

◇花輪浄水場

 昭和46年(1971)完成。花輪の町部と東山、小坂、合ノ野に給水されている。

 

◇黒沢川

 源(みなもと)は皮投岳の中腹から流れ出て、頭首工付近で米代川に注ぐ。

 

◇大堰

 大堰はここから始まり、花輪のまちなかを流れている。

 この付近の地名の「堰根川原」は用水の取り入れ口から付いたという。

 


鹿角りんご発祥地/女森(おなごもり)

 花輪中小路の佐藤要之助は明治17年(1884)にりんごの苗木400本を盛岡で買い求め

花輪東山地区にある女森の原野を開拓してりんご作り始め、見事成功しました。

 まだ交通手段が整わない明治23年一関まで鉄道が開通したのを機に、馬車で一関までりん

ごを運び、秋田県として初めて東京市場への出荷を成し遂げ、鹿角りんごの礎を築きました

 

◇女森遠望(花輪パークゴルフ場から)

    ▽総合競技場の先に見えるのが女森(おなごもり)

 

◇女森

 

 スキー女森は花輪小学校のスキー授業(55年以上も昔です。)の場所であったのが懐かしい

 思い出として残っている。

 りんご要之助の長男、良太郎は明治42年に中小路から女森に転居し、りんごの他にぶどうや

 サクランボも手掛けたようである。現在この場所では縁戚の方がりんごなど栽培している。

 

◇鹿角りんごの始祖「佐藤要之助大人之碑」(桜山公園内)

      昭和16年11月 鹿角郡果樹協会 建立

 

 


毛馬内まちめぐり/館 内藤家

 二の丸西端に東洋史学者の内藤湖南旧宅があります。湖南の父十湾が尾去沢鉱山に勤務し

た後毛馬内に帰り、明治13年、現在地に居宅を建てました。湖南15歳のときでありました。

 

▽内藤家のある二の丸通り

 

▽湖南先生旧宅の碑

往時の姿を残しているのは門だけで、長崎出身の書家 吉田晩稼筆(靖国神社の石標を揮ごう)

十湾が刻した「蒼龍窟」の扁額が掲げられている。

 

▽「内藤湖南先生像」 福本 晴男 制作

 

▽三餘堂(書院) 明治34年建築

書院は頼山陽の山紫水明荘を模したといわれ、吉田晩稼揮ごうの扁額「三餘堂」

を掲げ、十湾はここで郷土の歴史を究め『鹿角志』を執筆した。

 

▽中央奥は本丸跡と右手は搦手坂(堀合坂)


毛馬内まちめぐり/鹿角最古の武家屋敷

 古町通りは、もと桜庭家中の屋敷まちであり、今も生垣に囲まれた閑静な佇まいを

残しており、その中でも一番古い建物が伊藤家で、宝暦元年(1751)の建築とされて

います。

 八間半に五間の茅葺(現在はトタン)寄棟屋根の建物は藩政時代の武家住居として

貴重なものであり、今日まで大切に守り伝えられています。

 

▽生垣の映える古町通り

 

▽鹿角最古の武家屋敷(伊藤家)

伊藤家の人々

 伊藤為憲(明和4年生まれ) 江戸時代後期、江戸に遊学して折衷学を修めた儒学者で

                 鹿角の伝承・名勝などをまとめた『鹿角縁起』を著した。

 伊藤良三(明治16年生まれ)教員生活のあと、初代十和田町長として功績を残した。

                晩年は郷土史料の収集と研究『毛馬内郷土史稿』を著す。

  ※二人の功績を讃えた顕彰碑が屋敷前に建っている。

 

 案内所 古町通りには、桜庭氏の筆頭家老を務めた和井内家(現在は先人顕彰館の建物)や三代に

   わたり私塾を開き、多くの人材を養成した泉澤家がある。

 

   

 


鹿角・小坂の「んめもの」制覇へ!

来月9月1日より、鹿角市小坂町「美味しいもの」を食べ歩いて

スタンプを集める、

き【かづの・こさか「んめもの」スタンプラリー】ききが開催されます!

 

 

「んめもの」とは、この地域の方言で「美味しいもの」という意味。

かづの牛や八幡平ポーク、比内地鶏、ラーメン、お蕎麦、カレーなどなど、

パンフレットを見るだけで食欲をそそられること間違いなしです!

 

 

 

鹿角市そして小坂町の「んめ〜!kyuランチを食べて、ぜひ豪華景品を

ゲット矢印上してくださいね!

 

 

スタンプ台紙は、道の駅かづの や 鹿角花輪駅前観光案内所 などに

設置しておりますので、ぜひお立ち寄りください!

 

【お問合せ】鹿角地域振興局 地域企画課 ☎0186-22-0457

 

 

◆───−--- - - INFOMATION- - - ---- – -−───◆

鹿角へお越しの際は、まず初めにこちらへお立ち寄りください!
きJR鹿角花駅前観光案内所き  ☎0186-22-0108
十和田八幡平の案内人が鹿角をディープにご案内いたします。

観光情報・道路情報等をご案内しております

十和田八幡平観光物産協会  0186-23-2019
http://www.ink.or.jp/~kankou18/

Facebookはコチラ  >>> https://www.facebook.com/kankou18/
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毛馬内まちめぐり/立山文庫跡

 篤農家、事業家として活躍した毛馬内の立山弟四郎が、大正2年(1913)に私財を投じて

「立山文庫」を開設しました。特に鹿角一円を巡回して遠隔地の子供たちのための巡回文庫

もつくりました。その遺志は子息に引き継がれ、昭和21年(1946)に蔵書1万冊余りが当時

の毛馬内町に寄贈され、現在の立山文庫継承「十和田図書館」の礎となりました。

 

 ▽白と黒のなまこ壁が美しい建物の外観(下小路)

 

▽立山弟四郎翁像(十和田図書館)


毛馬内2016北の盆

びっくり東北の夏祭りも終盤に入り、秋田県三大盆踊りの最後を飾る秋田県鹿角市で

国指定重要無形民俗文化財「毛馬内盆踊り」が、8月21日から23日まで

かがり火のもと呼び太鼓で始まり厳かにゆく夏の夜に踊りが披露されております。

本日の最終日も毛馬内こもせ通りで男女とも豆絞りの手拭いで頬被りをし、紋付や

留袖に蹴出し、きらびやかな帯で踊る衣装が特徴です。

京都の念仏踊りの流れをくむと言われている「大の坂」、南部領の450年前に

戦いから帰った将兵たちを労ったのが始まりとされる「甚句」などの踊りが

舞われております。

 

会場入り口

 

大太鼓の呼び太鼓から始まります

 

男女とも艶やかな衣装で、大太鼓だけで踊る「大の坂」で始まる

 

若い女性も多く参加

 

地元の子供たちも参加し盛り上げます

 

こもせ通りでかがり火を囲み常に内側を向きゆったりと左へ移動

 

かがり火を囲む輪踊り

 

「甚句」は歌い手が交互に延々と歌い、合わせて踊ります

 

本部前

 

 

毎年、ゲスト参加もあり今回も2団体が参加してくれました。

22日  一戸ナニャドラヤ保存会(岩手県一戸町)

23日  板柳町どだればち保存会(青森県板柳町)

 

  ゆく夏をゆったりと 花火 

 

 

 

 



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