鹿角の先覚/内田武志

 鹿角出身の内田武志(1909〜1955)は菅江真澄研究の第一人者として知られていますが

重い病気を抱え、身体の自由を奪われながらも真澄を通して江戸時代の生活・習俗を伝える

という大きな功績を残しています。内田武志の生涯や功績が秋田テレビで放送されます。

 

 AKT秋田テレビ「秋田人物伝

◇放送日時 平成29年1月28日(土)15時〜15時55分

◇番 組 名  ふるさと秋田再発見シリーズ 秋田人物伝 〜内田武志

      武志の父の勤務地であった永田発電所碇発電所社宅、戦時中疎開した

       毛馬内の高橋家、真澄研究の手助けをした伊藤良三家などが放送されます。

 

 永田発電所

 尾去沢鉱山水力発電所(現三菱マテリアル)では最も古く、明治31年(1898)

に運転を開始。武志の父修三は尾去沢鉱山発電所の技師として完成間もない明治32年

に勤めた。武志は明治42年永田発電所の社宅で生まれた。

 永田発電所は平成27年に全体の更新を行い最新鋭の設備となったが、一部水路など

に明治時代の面影を残している。

 

 碇発電所

 尾去沢鉱山碇発電所として、明治44年完成し運転開始。武志の父は所長となる。

 発電機、水車などは更新されているが、建物は創建当時の赤レンガ造りの面影を

今に残している。

 

 碇発電所社宅のあった付近(碇集落

 家族は碇発電所社宅へ移り住んだが、子供の病気などが重なり、子供のために暖かい所で

暮らしたい思い、職を辞して大正12年一家をあげて神奈川県鎌倉へ移住した。

*「碇」(イカリ)は方言で増水・洪水のこと。八幡平の碇は米代川が熊沢川と合流する

 ところに注ぐ。段丘上に碇集落があり「北奥路程記」に一の渡橋の向かい右は伊刈村と

 記されている。

 

 

 


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