桜山公園「石碑物語」

 桜山公園には多くの顕彰碑などが建っています。その一つひとつが花輪

の歴史と文化を物語っており忘れてはならない先人たちの碑であります。

 

桜山神社参道脇(公園中央)

 

☆「忠魂碑」明治42年10月花輪町在郷軍人会 建立

 石材は東山の奥で見つけ一里半の所まで運び、その場所で石屋が字を彫り

雪の館坂を在郷軍人や近くの町内の人たちの奉仕で難儀して引き上げたもの

のである。この碑は日清・日露戦争の戦没者のために建てられた。

 

☆六角塔「慰霊塔」昭和40年 花輪遺族会 建立

 碑文「この人たちは我々の肉親。各戦争に於いて祖国のために平和の礎

となる。芳名を永く児孫に伝えんとの悲願のもとに我ら遺族之を建設す。

花輪元軍人並町有志これに賛成して成る。」

 

 

桜山公園東側

 

☆大里寿「功労碑」 大正6年建立

 ○大里寿  天保4年(1833)〜明治39年(1906)

 先祖は鹿角四氏の安保氏、京都から大里村に住み、大里を姓とする。延宝2年

(1674)中野氏が花輪城代に着任し、これに仕える。

 幕末の激動期に側役から用人となる。明治4年秋田県となるや学校主簿に任じら

れる。その後戸長、副区長を命ぜられ明治7年花輪小学校を創設。県会議員を経て

明治22年初代花輪町長を務める。

  

☆「吉田慶太郎君之碑」昭和18年 花輪町在郷軍人分会建立

 ○吉田慶太郎

  永く花輪小学校の教師として町民に親しまれた。在郷軍人分会に尽くした。

  碑石は用ノ目川原から、在郷軍人たちにより沢口の坂から運び上げられた。

 

☆鹿角りんごの始祖「佐藤要之助大人之碑」

              昭和16年11月鹿角郡果樹協会建立

 ○佐藤要之助 安政6年(1859)~明治45年(1802)

  南部藩御給人佐藤新之助の長男として花輪中小路に生まれる。

  明治17年盛岡でりんごの苗木を購入して、女森(おなごもり)の原野

 を開拓して栽培を始める。明治23年一関まで鉄道が開通したのを機に、東京

 市場へ出荷し、鹿角りんごの礎を築いた。

 

桜山公園西側

 

☆「川村左学翁之碑」大正3年9月 新撰社 建立

                 正五位勲三等 川村 竹治 謹書

   碑文は「常なきをつねとおもへはうらみ無しくもりし空のはれぬものかは」

 と刻まれている。明治10年西南戦争に新撰旅団の分隊長として同志隊員25名

をまとめて上京、訓練中に兵乱終止したため帰郷、この時の同志が新撰社を結成

して碑を建てる。

○川村左学 天保12年(1841)〜大正2年(1913)

 先祖は相模国川村城に居城。源頼朝の奥州征伐の功により郡山一帯の地を

与えられ彦部に居城したが、南部信直に属し中野氏が花輪城代となるに及び

家老として延宝2年花輪北館に住む。左学は長沼流兵学、盛岡の江幡梧楼に

儒学を学ぶ。帰郷後花輪で私塾を開き、戊辰の役では秋田への使武者を勤め

る。花輪学校を創立し校長となる。

 

☆戊辰役戦死者「招魂碑」明治28年建立

    鹿角花輪 川村左学 撰  由利矢嶋従八位 佐藤武友 書

 碑文は小田島由義『遺烈余芳』によるが、戊辰戦の経緯と賊軍の汚名を

きせられた悲憤が述べられている。碑の裏面に鹿角郡戦死者27名の名が刻

まれている。

 

☆「雲楼小田嶋翁之碑」昭和10年建立

○小田島由義(俳号:雲楼)弘化2年(1845)〜大正9年(1920)

 尾去沢の内田家から13歳で花輪の小田島家に養子となる。盛岡の藩校

「作人館」に学ぶ。戊辰の役では花輪隊の総取締として出陣した。

 明治3年江刺県花輪寸陰館長、明治5年工部省鉱山局に任官し国内の諸

鉱山を視察し見聞を広めた。明治15年帰郷し家業の井桁屋(酒屋)を継

いだ。明治17年鹿角郡長となり、道路網の整備、養蚕、あけびつる細工

の奨励、十和田湖養魚など多方面に渡って殖産興業の振興に努めた。

 

☆小田島艸于「句碑」昭和33年5月建立

          「籬結わす ただ春水を めぐらして」 

 

 ○小田島徳蔵(艸于)明治15年(1882)〜昭和44年(1969)

  小田島由義の長男、俳人として知られる。県立図書館花輪分館長、尾去沢町長を務める。

   


「皮投嶽・五ノ宮嶽」秋山縦走登山 参加者募集のお知らせ

恒例となりました「皮投嶽・五ノ宮嶽秋山登山」が今年も開催されます。
現在、十和田八幡平観光物産協会にて参加者を募集しております。
お申込みはFAXまたはお電話にて。皆様のご参加をお待ちしております!

 

【開 催 日】 平成28年10月16日(日) 午前8時 出発

 

【ル ー ト】  登山口〜皮投嶽〜五ノ宮嶽(昼食)
       大日堂15:00 到着予定 

 

【定  員】 40名(定員になり次第締切ります)

 

【参加資格】 中学生以上(全行程:約12辧■兄間)       

 

【参 加 費】 1,500円(保険料が含まれます)

 

【申込先】  十和田八幡平観光物産協会
       TEL 0186-23-2019  FAX 0186-23-7715 
       ホームページ http://www.ink.or.jp/~kankou18/ 
       ※ホームページより申込書をダウンロードください。FAXでも
       送信しておりますので、ご希望の方はご一報ください。

 

【申込締切】 平成28年10月7日(金)まで

 

 

※昨年度の様子

 

 

 

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きJR鹿角花駅前観光案内所き  ☎0186-22-0108
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桜山公園

 花輪小学校の北側、館坂を隔てて「桜山公園」があります。現在桜山公園となって

いる区域は、かつて中世城館である花輪館の一郭で北館と呼ばれていました。

 公園内には、明治30年(1897)盛岡の桜山神社から分祀した桜山護国神社があり

南部氏の始祖である南部光行をまつっています。また、その名にふさわしく桜の名所

として親しまれています。神社の参道脇に戊辰役の招魂碑、日清・日露・太平洋戦争

に至る忠魂碑や公園東西に功労のあった花輪人の記念碑や頌徳碑なども建っています。

 

▽桜山神社

 桜山公園の中央に桜山神社が鎮座している。

 

 社殿は先年の大雪で建物が損壊したため、建て替えられた。

 

     

社殿入口に「桜山神社」の扁額が掲げられている。

          「従三位伯爵南部利恭」の文字と落款が・・

 

 桜山神社の右側奥に八幡神社の小さなお堂が建っている。

 

 神社創建時に植えられた桜は老木となり、切株はテーブル?となっている。

 手前には幼木が植えられている。

 

 

 

 


「上沼牧野跡地」を広葉樹の森へ!

 花輪越(781m)から右の山道は皮投岳の登山口、左の道は馬の背と呼ばれている

上沼牧野跡地で、800mを超える高原には上沼があり、かつて周辺には多くの赤牛

群れていました。

 平成14年に放牧が廃止されたことにより、それまで草地となっていた約44haの上沼

牧野跡地を、水資源の涵養や土砂崩落防止の一助になればとの願いから米代川源流自然

の会では森林管理署、県、市などの関係機関と協議を重ね、平成17年から跡地一帯にブナ

ミズナラなど広葉樹の植樹を進めています。(これまで約8haを植樹)

 今回(9月10日実施)関係機関、団体、個人約40人の参加のもと0.6haの草地に広葉樹

900本が植樹されました。

 

▽平成28年「上沼の森植樹祭」会場 9月10日開催

                右手の山は大根森 891m

 平成17年から植樹を始めて今回で10回目となる。

 

▽平成17年植樹場所

 平成17年に植樹した場所は条件が良いのか高い木で3mはあるだろうか

 それにしても、下草もかなり生えている。

 下草の中にエゾリンドウノコンギクが咲いていた。

 

平成23年植樹場所

 植樹から5年になる場所。表土や風の影響などであろうか、ここより植樹から

さらに年数が経っている場所で、成長の遅い所も見られた。

 

鉛筆21小学校6年生の時の遠足が馬の背であった。東山から花輪越までは細い山道で

馬の背の稜線は笹原の中をかき分けてひたすら歩いた記憶がある。その先にすっと

開けたところが見えてきた。今思えば、そこが上沼であった。

 上沼のほとりで昼食をとり、ようやく人心地がついた気がした。帰りは上沼の少

し先に進んだ所から大曲集落に下ったと思う。 今から55年以上も昔の話です。

 

 


米代川堤を歩く

 米代川は鹿角地方を流れる河川では一番大きい川で大川とも呼ばれていました。

 あんとらあ駐車場に車を置いて、河川敷に沿った遊歩道を上大川から花輪頭首工

までの往復約2キロを歩いて見ました。

 

◇川べりから稲村橋を望む

 川の中州では釣り人の姿が・・・

 

 土手にはヒルガオツユクサが一面に咲き誇っていた。

 

◇米代川土手の遊歩道 

 右手にはソバの花が一面に咲いていた。

 

◇上大川(かみおか)

水泳子供の頃は「かみおか」で水泳ぎをした。旧花輪高校分校下の岩場付近が

川が深く、岩場から飛び込むのが爽快であった。

 

 

◇花輪頭首工

 米代川取水口から「花輪浄水場」と「大堰」へ水が供給されている。

 

◇花輪浄水場

 昭和46年(1971)完成。花輪の町部と東山、小坂、合ノ野に給水されている。

 

◇黒沢川

 源(みなもと)は皮投岳の中腹から流れ出て、頭首工付近で米代川に注ぐ。

 

◇大堰

 大堰はここから始まり、花輪のまちなかを流れている。

 この付近の地名の「堰根川原」は用水の取り入れ口から付いたという。

 


鹿角りんご発祥地/女森(おなごもり)

 花輪中小路の佐藤要之助は明治17年(1884)にりんごの苗木400本を盛岡で買い求め

花輪東山地区にある女森の原野を開拓してりんご作り始め、見事成功しました。

 まだ交通手段が整わない明治23年一関まで鉄道が開通したのを機に、馬車で一関までりん

ごを運び、秋田県として初めて東京市場への出荷を成し遂げ、鹿角りんごの礎を築きました

 

◇女森遠望(花輪パークゴルフ場から)

    ▽総合競技場の先に見えるのが女森(おなごもり)

 

◇女森

 

 スキー女森は花輪小学校のスキー授業(55年以上も昔です。)の場所であったのが懐かしい

 思い出として残っている。

 りんご要之助の長男、良太郎は明治42年に中小路から女森に転居し、りんごの他にぶどうや

 サクランボも手掛けたようである。現在この場所では縁戚の方がりんごなど栽培している。

 

◇鹿角りんごの始祖「佐藤要之助大人之碑」(桜山公園内)

      昭和16年11月 鹿角郡果樹協会 建立

 

 


毛馬内まちめぐり/館 内藤家

 二の丸西端に東洋史学者の内藤湖南旧宅があります。湖南の父十湾が尾去沢鉱山に勤務し

た後毛馬内に帰り、明治13年、現在地に居宅を建てました。湖南15歳のときでありました。

 

▽内藤家のある二の丸通り

 

▽湖南先生旧宅の碑

往時の姿を残しているのは門だけで、長崎出身の書家 吉田晩稼筆(靖国神社の石標を揮ごう)

十湾が刻した「蒼龍窟」の扁額が掲げられている。

 

▽「内藤湖南先生像」 福本 晴男 制作

 

▽三餘堂(書院) 明治34年建築

書院は頼山陽の山紫水明荘を模したといわれ、吉田晩稼揮ごうの扁額「三餘堂」

を掲げ、十湾はここで郷土の歴史を究め『鹿角志』を執筆した。

 

▽中央奥は本丸跡と右手は搦手坂(堀合坂)


毛馬内まちめぐり/鹿角最古の武家屋敷

 古町通りは、もと桜庭家中の屋敷まちであり、今も生垣に囲まれた閑静な佇まいを

残しており、その中でも一番古い建物が伊藤家で、宝暦元年(1751)の建築とされて

います。

 八間半に五間の茅葺(現在はトタン)寄棟屋根の建物は藩政時代の武家住居として

貴重なものであり、今日まで大切に守り伝えられています。

 

▽生垣の映える古町通り

 

▽鹿角最古の武家屋敷(伊藤家)

伊藤家の人々

 伊藤為憲(明和4年生まれ) 江戸時代後期、江戸に遊学して折衷学を修めた儒学者で

                 鹿角の伝承・名勝などをまとめた『鹿角縁起』を著した。

 伊藤良三(明治16年生まれ)教員生活のあと、初代十和田町長として功績を残した。

                晩年は郷土史料の収集と研究『毛馬内郷土史稿』を著す。

  ※二人の功績を讃えた顕彰碑が屋敷前に建っている。

 

 案内所 古町通りには、桜庭氏の筆頭家老を務めた和井内家(現在は先人顕彰館の建物)や三代に

   わたり私塾を開き、多くの人材を養成した泉澤家がある。

 

   

 


鹿角・小坂の「んめもの」制覇へ!

来月9月1日より、鹿角市小坂町「美味しいもの」を食べ歩いて

スタンプを集める、

き【かづの・こさか「んめもの」スタンプラリー】ききが開催されます!

 

 

「んめもの」とは、この地域の方言で「美味しいもの」という意味。

かづの牛や八幡平ポーク、比内地鶏、ラーメン、お蕎麦、カレーなどなど、

パンフレットを見るだけで食欲をそそられること間違いなしです!

 

 

 

鹿角市そして小坂町の「んめ〜!kyuランチを食べて、ぜひ豪華景品を

ゲット矢印上してくださいね!

 

 

スタンプ台紙は、道の駅かづの や 鹿角花輪駅前観光案内所 などに

設置しておりますので、ぜひお立ち寄りください!

 

【お問合せ】鹿角地域振興局 地域企画課 ☎0186-22-0457

 

 

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十和田八幡平の案内人が鹿角をディープにご案内いたします。

観光情報・道路情報等をご案内しております

十和田八幡平観光物産協会  0186-23-2019
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毛馬内まちめぐり/立山文庫跡

 篤農家、事業家として活躍した毛馬内の立山弟四郎が、大正2年(1913)に私財を投じて

「立山文庫」を開設しました。特に鹿角一円を巡回して遠隔地の子供たちのための巡回文庫

もつくりました。その遺志は子息に引き継がれ、昭和21年(1946)に蔵書1万冊余りが当時

の毛馬内町に寄贈され、現在の立山文庫継承「十和田図書館」の礎となりました。

 

 ▽白と黒のなまこ壁が美しい建物の外観(下小路)

 

▽立山弟四郎翁像(十和田図書館)

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